夏の法要 一周忌の「意義」

 もう一年、が・・・・  昨年の七月二日の夜に、喘ぐように 辛そうに_、
息を引き取りました。 未だ一年だったか!と云う思いもあるから・・  

 複雑です。気持ちが整理出来て無いのだと自分には「言い聞かせて」いましたが、
その辺りが、「長かったような 短いような・・・」 気持ちも”曖昧さ”があったのかな?

 割り切れず に過ごして居たのだと なんとなく解ってきました。
    昨日の法事で、その儀式の営みのなかにいて「感じ取り」ました。

 享年五十七歳の短いと云える人生でした。 ”完全燃焼した”実のある
我が弟の人生でした。

            
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 一年が経って、法事の中の和尚さんの「説教の言葉に」耳が釘づけに成りました。
故人への其々の思いは「お墓と云う有形の物を見ながら そして、寄り添う思いを

 そこへ集まることで」、離れて行くのでは無く いつまでも皆が
「一つでいられる」のだそうです。      理解出来たような気持ちに成り

 思わず深呼吸をしてしまいました。   ”法要”は私にとって「大変意義のある 有り難い」
儀式でした。
  
   お墓の「開眼供養と一周忌の法要を」してくれた、喪主 遺族に「そして弟に・・」
        心より”感謝 ・感謝」です。合掌  

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